知っている言葉との再会――練習番号Mへ。

2026年8月23日

第2回――もう一度、お隣の方とご挨拶を

今日も、私が登壇するまでのレッスン会場は、どこかシラーっとしていました。シラーの言葉を学習しているのですが・・・・。

同じ第九を歌うために240名が集まっているのに、まだよそよそしい。第1回では、前後左右の方と握手をして、名前を交換していただきました。

「皆さん、今日も前後左右の方々とご挨拶しましょう。今日は前回より一言増やして、『○○から来た、○○です』と、ご自分がどこから来られたのかも添えてご挨拶してください。」

会場に話し声が広がります。そこで、もう一つ付け加えました。

「あとでその方と目が合ったとき、微笑みを交わすだけでもいいでしょう。でも、『ごめんなさい、お名前を忘れてしまいました。もう一度お聞かせください』と尋ねる勇気も大切です。名前を忘れてしまったからといって、知らないふりをしなくていいんです。」

第1回より、ほんの一歩だけ前へ。今日も、そんなところからレッスンを始めました。

Inputがあって、Outputがある

挨拶を終えて、発声練習に入りました。今日はまず、胸式呼吸と腹式呼吸の違いから始めました。

そして前回と同じように、A(ラ)の音でAh。声を出す前に、まず息を身体に取り込む。

「Inputがあって、初めてOutputがある。」

前回から繰り返してきたこの感覚が、今日はずいぶん良くなっていました。そこで、半音ずつ上昇したり下降したりする練習も加えました。

続いてA・E・I・O・Uの復習です。Aで作った響きをE、Iになっても逃がさない。Oでは口を縦に。そしてUでは、そのOの深い響きを失わない。第2回になって、少しずつ身体が覚え始めているようです。

くどいと思われても、もう一度

さて、楽譜を開きます。「またですか」と思われるのを承知で、私はバリトンソロの言葉から、もう一度オウム返しを始めました。

Freude, schöner Götterfunken,
Tochter aus Elysium,
Wir betreten feuertrunken,
Himmlische, dein Heiligtum!

私が読む。皆さんが返す。また私が読む。皆さんが返す。

そして練習番号Dも、もう一度繰り返しました。そのあと、ピアノのメロディーに言葉を乗せて、みんなで歌います。

「まだ小声でいいのです。」

大きな声を出すことは、まだ求めません。まず、ドイツ語が自然に口から出てくること。そして、その言葉が無理なく音符に乗ること。今はそれが大切です。

テノールは「上!」「下!」

練習番号Dでは、テノールだけに少し奇妙な音の動きがあります。急激にオクターヴ上がったり、また下がったりする。

楽譜を読むことに慣れている人なら分かるでしょう。でも、このクラスには第九の楽譜を初めて手にした方がたくさんいらっしゃいます。そこで私は、理屈を並べるより身体を使いました。

「上がる!」
「下がる!」

大げさなくらいのジェスチャーで示します。これがよく伝わりました。反応は上々です。楽譜が十分に読めなくても、まず歌ってみる。歌えたあとで楽譜を見ると、少しずつ音と譜面がつながっていきます。

Ja, wer auch nur eine Seele……

次に、最初の四重唱に続く合唱へ進みました。

Ja, wer auch nur eine Seele
sein nennt auf dem Erdenrund!

まず読み、そして音を取ります。

本当は、私はここで皆さんにお話ししたいことがありました。この冒頭のJa――「そうだ!」です。その前に四重唱が歌った内容に共感して、「そうだ。そのとおりだ!」と答えるJaでなければならない。

でも、この話は今回はしませんでした。次回に譲ることにしました。今日、まずやっておきたいことがあったからです。

初めて第九を歌う皆さんから、Freude, schöner Götterfunken……から続く二つの節のドイツ語に対する不安を、もっと取り除いておきたい。

「皆さん、練習番号Mを開いてください。」

練習番号Mへ

練習番号Mに現れるのは、これまで何度も口にしてきた言葉です。知らない言葉ばかりが延々と続くのではありません。

「あ、これ知っている。」

そう思ってもらえれば、それだけで第九との距離は少し縮まります。休憩前は、まず急ぎ足で全体像を見ることにしました。各パートを数回ずつ口ずさみながら、それぞれにアドバイスをしました。

ソプラノ――正しいドイツ語と、美しい響き

「皆さん、ドイツ語の読み方を練習してきましたね。ところが高い音になったとき、正確なドイツ語を発音しようと一生懸命になると、どうしても口の周りの筋肉が硬くなります。そうすると、響きまで硬くなってしまう。
歌の場合は、正しく発音するだけではなく、『どうしたら、美しい響きを保ちながらドイツ語の原詩らしく聞こえるだろう』というセンスも必要なんです。これは皆さんだけではありません。プロの歌手だって苦労して、試行錯誤しているところなんですよ。」

アルト――「家政婦は見た!」

アルトは同じ音が続きます。

「同じ音だからといって、一音ずつ切らないでください。前回も言いましたね。お坊さんがお経を唱えるように。」

そして途中に、臨時記号のついたド・ナチュラルが出てきます。それまでの音の流れからすると、ここは半音低くなる。

「私はね、こういう臨時記号の音を見ると、いつも思い出すことがあるんです。テレビドラマの『家政婦は見た!』。壁の陰から、こうやって顔を半分だけ出している。あのときの効果音みたいな音です。」

会場、大爆笑。これでド・ナチュラルは、きっと忘れないでしょう。

テノールとバス――ぶつかる音を味わう

次は男声です。私は歌い出しから三つ目の音を、ぜひ味わってもらいたいのです。

テノール レ・レ・ミ
バス   レ・レ・レ

三つ目で、ミとレが2度でぶつかります。

「ここです。この音のぶつかり。これこそ男声合唱の妙です。そして、この響きを作るためには、特にバスのいい響きが不可欠です。」

そんな話をしながら、テノールとバスを一緒に鳴らしてみました。すると――見事な音のぶつかりが生まれました。

その瞬間、聴いていた女性陣から思わず拍手が起こりました。

自分が歌っていないパートの音を聴いて、「いい!」と感じて拍手する。第1回でお話しした「一つの作品を皆で作り上げる」ということが、少しずつ実際の音になってきたように感じました。

八分休符は、次の音へのInput

さらにElysiumとHeiligtum。韻を踏んでいるこの箇所は、四分音符のあとに八分休符が書かれています。

「最後まで音を抱え込まず、少し早めに切り上げましょう。そうすれば、次の音を歌うために、いい息を取り込む時間ができます。つまりここにも、InputとOutputのための時間が与えられていると考えてください。」

休符は、ただ音を出さない時間ではありません。次の音を生み出す準備の時間でもあります。

そして、楽譜にはsfが4か所。

「これはイタリア語でsforzando(スフォルツァンド)。『特に強く』という意味です。英語ならspecial forteと読めそうでしょう?覚えるにはいいかもしれません。でも、テストでそう書いたら――×です(笑)。」

「休憩です。カエラナイデください」

「では皆さん、休憩しましょう。休憩後に、なぜここが練習番号Mなのかお話ししますので――カエラナイデください(笑)。」

Mは「目覚め」のM

「休憩前に、なぜここが練習番号Mなのかお話しします、と申し上げましたね。」

ここへ来るまでのベートーベンが描いた音楽を紹介します。まだ歌ったことのない部分ですが、話を聞いてください。テノールのソリストに導かれて行進曲が始まります。音楽は次第に力を増し、やがて英雄が勝利へ向かって進んでいくような音楽になります。

ところが、そのあと。オーケストラは非常に激しい、難しいアンサンブルへ入っていきます。

「私には、ここを聴くと一つの景色が見えるんです。足元には尖った石がゴロゴロ転がっている。あちらこちらからは、茨の尖った枝が突き出している。そんな険しい道です。
その道を、私たちと一緒に歩いているものがいます。モスラです。大きな、大きなモスラ(笑)。」

英雄の勝利への道を一緒に歩き、そのあとも尖った石や茨の道を進んできたモスラは、とうとう疲れ果ててしまいます。そして、大きな身体を横たえて眠ってしまう。

「するとホルンから、大きないびきが聞こえてくる。私には、これがどうしてもモスラのいびきに聞こえるんです(笑)。」

一度目はH-dur(ロ長調)、そして二度目はh-moll(ロ短調)の和音に導かれて、モスラは二度もいびきをかきます。

そして練習番号Mの2小節前。眠っていた巨大なモスラが、むくっ!と立ち上がります。

「いよいよ、MosuraのMezame・・・。だから、私にとってここは練習番号Mなんです。」

もちろん、ベートーヴェンがそう名づけたわけではありませんよ(笑)。そして目を覚ました巨大なモスラをよく見ると――その手には、ザ・ピーナッツがいるんです(笑)。この話わかる人、挙手ください。

3分の1もいません。昭和ギャグの敗北です。

目覚めた先には、もう知っている言葉がある

そして、その先から聞こえてくるのは、

Freude, schöner Götterfunken,・・・

皆さんが第1回から何度も口にしてきた言葉です。

「ほら。皆さんがもう知っている言葉でしょう。」

第九の楽譜を初めて開いたとき、「こんなドイツ語、とても私には歌えない」と思った方もいらっしゃったでしょう。でも、こんな遠いところまで進んできたのに、そこに書いてあるのは、もう読める言葉です。だから、そんなに第九を怖がらなくていいのです。

今度は、じっくりと

休憩前は、練習番号Mの全体像を知ってもらうため、少し急ぎ足で進みました。休憩後は、もう一度各パートを抜き出し、今度はじっくり練習しました。

ソプラノでは、ドイツ語の正確さと美しい響きの両立。アルトでは、一音ずつ切らず、お経のように言葉を流すこと。そして「家政婦は見た!」のド・ナチュラル。

テノールとバスでは、レとミが作る2度のぶつかりと、それを支えるバスの響き。ElysiumとHeiligtumでは、八分休符を次の音へのInputとして使うこと。そして4か所のsf。

休憩前に見た全体像を、今度は一つ一つ、身体と耳で確かめていきました。こうして、第2回のレッスンを終えました。

後記――次回は練習番号Sへ

いよいよ次回は、練習番号Sへ進みます。早口言葉のようになりますが、

Deine Zauber binden wieder,・・・

第1回から何度も繰り返してきた第一連と第二連にひとまず一区切りをつけます。

最初は、ドイツ語への不安を取り除くことから始めました。オウム返しをして、小さな声で歌って、Dで出会い、Mでも再会した。次はSです。

そして後半には、もう一つ大切な宿題があります。

「なぜ『Ja――そうだ!』なのでしょう。」

その前に四重唱が何を歌っているのかを知らなければ、本当のJaにはならない。

そこで次回は、バリトンソロまで楽譜を戻し、そこから四重唱、そして合唱のJa, wer auch nur eine Seele……までが、どのようにつながっているのかを皆さんと一緒に見ていきたいと思っています。

できればKusse gab Sie……の連もさらっとやっておきたいです。

―― 第2回レッスン 終わり ――